カテゴリー「三吉物語」の5件の記事

2008.07.20

三吉の修行時代【4】

三吉が心ウキウキ楽しく、学校に通っていた頃

幼なじみの次郎ときたら、真面目なのか?

晩熟なのか?女の子を見たら 真っ赤になり

何処かへ逃げて行きます。

 

 

 

そんな次郎ですが、三吉にとってはライバルであると

ともに、良い友達でもあり、共に修行をする仲間でもあり

何処に行くにも一緒でした。

唯一、たまに遊びに行く時だけが別行動です。

 

遊びに行くと言っても1年に数回しか、行った記憶がありません。

 

 

師匠より小遣いを貰い

 

気の合う先輩のバイクの後ろに乗せてもらい

一年に一度の隣町の夏祭りへと繰り出すのです。

小さな田舎の町でしたが

この小さな田舎の町には、唯一の三階建てのデパートがあり

デパートにはエスカレーターがありました。

この町で始めてデパートというものが出来

エスカレーターが付いたのでした。

その名も『○愛デパート

Esukr

三吉にとって生まれて初めて見たエスカレーター

勿論乗ったのも初めての体験でした。

 

 

そしてデパートには綺麗なお姉さんが沢山働いていました。

お祭りよりも三吉の楽しみは

このデパートで働く

お姉さんに話しかけ(用もないのに)

話相手をしてもらう事

 

 

 

三吉の生まれた村にはデパートはありません。

修行している師匠の家も同じ村

デパートに行くには電車かバスに乗って隣町まで

出かけていかなければ行けません。

 

 

何せ修行の身

小遣いは月1万円

年に一度の夏祭り

この時だけ、1万の他に

小遣いを数千円貰えたのでした。

 

この数千円を有効に使う為には電車もバスも

乗るわけにはいきません。

そこで先輩のバイクの後ろにまたがり

出かけて行った訳です。

 

お姉さんとの会話を楽しんでいる三吉の目に

突然飛び込んできた光景!!

 

 

 

学校で憧れの彼女が男性と手をつないで

デパートの前を歩いています。

ガ~ン!!

 

 

 

三吉の淡い初恋はあえなく撃沈した瞬間でした。weep

三吉にとって楽しいはずのお祭りは

一瞬にして

けっして忘れられない

悲しい思い出となってしまいました。

 

 

 

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2008.02.25

三吉物語 特別編

それは突然やってきた。

mobilephoneチャァ~ラァ~ラァラァラ~チャァ~ラァラァ♪

電話が鳴った!!

「もすもす!」

「あっ!俺!俺!」

えっ!オレオレ詐欺か!?

「俺だよ、次郎だけど今近所まで来たんだけど~~」

「お~~!久しぶり~~近所まで来たのなら寄っていげ~~」

「うん!いいのが~~」

「いいも!悪いも!いいに決まってるべ~~」

「場所がよく解らないんだけど~」

「ほらほら!あそこをこう来て、それからsignalerを右に曲がって

そうしたら間もなくバス停があるから、そこから左、そうして突き当りを

右に真っ直ぐ、見える所に出て待っているよ。

解らない時は又電話して」

久々の再会にソワソワして待っていました。

車のrvcar車種も解らないのに

ちゃんと解るのだろうか・・・・・?

不思議ですなぁ~!!

あの車かな??

と思った車が次郎でしたsign03

思い起こせば故郷を後にしてから数十年

まだ小さい子供達と妻との生活の為に

がむしゃらに働き

次郎の事も忘れ夢中で 生きてきました。

そんな時に次郎からの電話

そうです次郎は19歳の時にすでに東京に

出て来ていました。

そうして現在は神奈川に住んでいます。

近くにいるのに・・・・!

次郎も家族の為に夢中で生きて来たようです。

見た目は次郎も普通のオジさんになっていました。

きっと、次郎も三吉も歳を取ったなぁ~と思った事でしょう。

そんな二人が突然の再開にもかかわらず

昔話に花が咲き

「へ~~あいつがね~!そんな事もあったのが!」

今の生活を語り合い

「子供は??そうか!」

Mukasi

一瞬にして幼い時や修業時代にタイムスリップしていました。

時間の経つのも忘れ

なんと5時間も語り合ってしまいました。

まだ、まだ つもる話しがあったのだが

お互い明日の仕事に支障が出ても

との思いから

「じゃ、また。」っと次の再会の約束をするでもなく

幼い頃にそれぞれの自宅に帰るように

別れた三吉と次郎でした。

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2007.08.05

第1章 三吉の修行時代【3】

厳しい修行の毎日が続いている三吉にも

楽しみが一つ出来ました。

それは大工になる為の学校へ

一週間に一度行く事です。

学校には洋裁科、電気科、板金科、建築科があり

総勢100人以上の

生徒が通っていました。

勿論、三吉は建築科

そのなかでも建築科が

圧倒的に生徒数が多く70%を

締めていました。

Syaku

 一年生は基本的な指短(サシガネ・指金)の使い方

(指短=金属製で目盛りが付いていて

材木などを計る為に使われる

L字形をしており両面に目盛りが付いている)

 それと尺貫法!!

三吉は小学生からず~っと

メートル法で勉強して来たのに

尺なんて聞いた事はあっても

使った事がありません。

ここでちょっと豆知識 

一寸(ちょっと)これも尺貫法の名残かな??

一寸=3.3センチ

 さらに、あいうえお…と習ってきたのに!!

いろはにほへと…!!??なんのこっちゃ!!

などなど、驚く事ばかりでした。

そんな驚く事ばかりの学校生活で

さらなる驚きが三吉を待っていました。

なっ!なんと!!!!

洋裁科に通って来ていた

今で言う【滝川クリステル似】のお嬢さんを見つけ

m(~o~)m かわいい~

お嬢さんが気になり

今までヨレヨレの作業着で登校していた三吉も

身だしなみを気にするようになったのでした。

が~~~!!

三吉に私服はジーパンが2本とTシャツ2枚、

タートルネックの長袖が1枚

働きに行った先で貰ったヨレヨレの皮ジャンが1枚

(皮じゃないかも?合皮かも?本人は皮ジャンと思い込んで着ていました。)

これしか持っていなかったのでした。

お洒落するにもしようがない!!ガ~ン!!

それでも、2本しかないジーパンを

とっかえ、ひっかえ

少ない服で精一杯お洒落をしたつもりで

学校へルンルンと通う三吉でした。

朝 学校でクリステル似のお嬢さんに

「おはよう!」って挨拶する為だけに

早起きしてお洒落をしたものです。

「おはよう!」って挨拶が出来た日は

心ウキウキです。

挨拶が出来ないまま授業が始まってしまう事もあるのです。

そんな日の三吉は、ソワソワ!休憩時間に

洋裁科まで走って見に行ったり

洋裁科の教室の前を行ったり来たり

今ならストーカーですなぁ~~!!

それでも逢えると言う保証は何処にもない訳でして…

そうこうしている内に、

無常にも休憩時間の終わりを告げるチャイムが

ジリジリジリ~ン

あぁ~~~ん(;ロ;)

休憩時間に 逢えない三吉はわずかの期待を胸に

帰りの時間を待ちわびたものでした。

頭の中はクリステル、クリステル、クリスル‥‥‥‥‥‥‥‥!

そんなこんなで月日が流れ

半年も過ぎようとしていたある日

ついに…!!!!!

 次回に続く

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2006.11.12

第1章 三吉の修行時代【2】

1日目:緊張のしっぱなしで、何が何だか解らない内に、

あっという間に、過ぎ去っていきました。

2日目:「よし、頑張るぞ」意気込みだけはあったのですが

何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、訳も解らず

2日目も、あっという間に過ぎ去っていきました。

3日目:これが大変です。頑張って5時前に起きていた三吉も

さすがに疲れ、朝起きるのが大変辛くて、もう少し、もう少しと

布団と別れが辛く、とうとう5時半になってしまいました。

それから、慌ててご飯もそこそこに、現場へと急ぎ何とか

先輩達よりは早く着き、お掃除をして道具の手入れも

する事が出来ました。

毎日、少なくても先輩より1時間以上も、早く現場に行き

先輩達の仕事を隅から隅まで見る事が

三吉の、仕事の内の一つでした。

そんな中、毎日早く現場に行く三吉や幼馴染の次郎を

見て先輩から「そんなに早く来ないでくれ、俺達が格好

つかないじゃないか」とのお言葉が…

しかし、そんな事は聞く耳もたぬ三吉でした。

なぜなら、棟梁に初日に言われた言葉が

あまりに印象的で忘れられなかったのです。

さらに、棟梁は「仕事は盗んで覚えろ」とも言われました。

その当時は、今と違い、手取り足取りは教えては

くれませんでした。

ですから、何が何でも先輩より、早く行き自分が仕事が

出来ない分を埋め合わせしていたのかも知れません。

しかし、このような日々が一ヶ月も続くと

Sannkiti さすがに三吉も、疲れて「帰ろうかな…やめようかな…」

などと真剣に考えるようになりました。

でも、あの時 なけなしの金で、かあちゃんが買ってくれた

シチズンの腕時計を見ると「やっぱり、帰れない 頑張るしか

ない」っと歯を食いしばった三吉でした。

そんな三吉には、なぜか未だに頭から離れない 

歌があります。

三吉が集団就職列車に乗って上野駅に

来たと 言う事実は ありませんが

三吉の応援歌のような気がします。

その当時は、気にもしなかった歌です。

何時の頃からか、この歌が、三吉の18番となっていました。

♪何処かに故郷の 香りを乗せて ♪♪Photo_48

♪入る列車の懐かしさ♪♪

♪上野は おいらの心の駅だ ♪♪

♪くじけちゃならない 人生が♪♪ 

♪あの日 ここから始まった♪♪♪

♪ホームの時計を 見つめていたら ♪♪

♪母の笑顔になってきた♪♪

♪上野は おいらの 心の駅だ ♪♪

♪お店の仕事は辛いけど♪

♪胸には でっかい夢がある♪♪♪

今でもこの歌が、三吉にとっては、応援歌であり

心に響く歌です。

貴方には心の応援歌がありますか?

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2006.10.09

第1章 三吉の修業時代【1】

昔、昔一人の若造が

とある大工の棟梁の所に、かばん一つ持って

住み込みで弟子入りしました。

この若造名前は三吉といいます。

この棟梁の所にはすでに

二つ年上の兄弟子が二人いました。

一人が棟梁のご子息で昭太郎

もう一人が昭太郎と同い年の伝助がいました。

Gaki  そうしてもう一人兄弟弟子になる

同い年で幼馴染の次郎も弟子として

一緒に修業に励む事になりました。

三吉は初めて親元を離れての

修業の道へと旅立ったのでした。

この時、母親がなけなしの

金で、シチズンノの腕時計を買って

「頑張れ」と言って送り出してくれました。

初めての他人様での夕食の時

棟梁が我々新米弟子に向かって

言った言葉があります。

「まずは三日、三日もったら三ヶ月、三ヶ月辛抱したら

一年、一年頑張れたら三年」この様なお言葉を頂きました。

三吉は心の中で【そうか、三日か??】と思いました。

その当時三吉はこの三日に

大変苦しめられました。

たかが三日、されど三日

三日耐えると言う事は並大抵の事ではありませんでした。

まず、朝は5時前に起きて

庭掃除をして大型工具の手入れをして

朝食もそこそこに現場まで自転車で行きました。

自転車と言っても今のようにギアが付いて

いる訳ではありません。

この現場は自転車で30分位でしたが

現場によっては、当然もっと遠い所でも

自転車で行かなくてはなりません。

車が無い訳ではありません。

棟梁や職人は当然車で来ます。

バイクで通って来る人もいます。

が、新米の弟子は体力づくりもかねて

自転車と、ここの棟梁が決めていました。

現場には職人や兄弟子より

遅く行くなんて事は許されず

(棟梁に先輩より先に行って準備をするように言われていました、。)

7時前には必ず現場に着いて

まずは掃き掃除から初め

ノミを研いだり鉋を研いだりしていると

職人や兄弟子達が現場に8時少し前に

やってきます。

「おはようございます」

一人一人にまずは大きな声で

挨拶をします。

こうしてようやく1日が始まるのです。

 続く(何時になるか判らないが)

挨拶は何時の時代も

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